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山に逃げよ
マタイ24:15 預言者ダニエルによって言われた荒らす憎むべき者が、聖なる場所に立つのを見たならば(読者よ、悟れ)、 24:16 そのとき、ユダヤにいる人々は山へ逃げよ。 24:17 屋上にいる者は、家からものを取り出そうとして下におりるな。 24:18 畑にいる者は、上着を取りにあとへもどるな。 24:19 その日には、身重の女と乳飲み子をもつ女とは、不幸である。 24:20 あなたがたの逃げるのが、冬または安息日にならないように祈れ。
これはエルサレムの滅亡が間近いことを預言したイエスの言葉です。ルカによる福音書では、この15節と16節のところをもっと明確に次のように述べています。
ルカ21:20 エルサレムが軍隊に包囲されるのを見たならば、そのときは、その滅亡が近づいたとさとりなさい。 21:21 そのとき、ユダヤにいる人々は山へ逃げよ。市中にいる者は、そこから出て行くがよい。また、いなかにいる者は市内にはいってはいけない。
「荒らす憎むべき者が、聖なる場所に立つ」とは、エルサレムが軍隊によって包囲されることを表しています。この光景を見たならば、すぐにエルサレムを離れて山へ逃げるようにと、イエスは言われました。これは非常に具体的な勧告です。戦争や地震のような終わりが近いことの印よりももっと明確な勧告です。
では歴史的に言うならば、いつごろの出来事を預言したものなのでしょうか。それはAD66年10月の出来事でした。当時、ユダヤはローマ帝国の管轄の中に併合されていました。そのためにパレスチナのユダヤ人はローマの圧力に執拗に抵抗し、ローマの属国になってからAD60年までには2万人の命が落とされたと言われています。特に、皇帝崇拝に対しては、断固として拒絶しました。そのためローマの属国になったシリアの将軍のCestius Gallusが、1万2千人以上の兵士を引き連れてエルサレムにやって来て、パレスチナのユダヤ人たちに皇帝崇拝を強要させようとしました。ところがこのユダヤ人のゲリラ組みは攻撃を仕掛けて、515人のローマ兵を殺害しました。怒ったローマはそれに対して反撃を加えて、彼らをエルサレムの城壁の中まで追い詰めていきました。町は完全にローマ軍によって包囲されました。こうしてイエスの預言が成就することとなりました。
ところが不思議なことが起こりました。ローマ軍がもうまもなく勝利を自分の手に収めようとしていた矢先に、どうしてなのか分かりませんが、町から撤退し始めたのです。すると、ユダヤ人のゲリラ組はこれをチャンスに撤退して行くローマ軍を追跡し、ものすごい勢いで6千人もの兵士を殺していきました。これが彼らに根強い復讐心を抱かせるようになり、彼らはもう一度エルサレムに戻り、もう言葉では言い表すことができないほどのたいへんな苦しみを町に与えることになりました。それはAD70年の春のときでした。よりによっても過越の祭の時期です。この祭りを祝うために各国からユダヤ人がいっぱい集まっていました。町は完全に包囲されました。その期間は143日間。彼らは食べるものを失い、健康を失い、モラルを失い、命を失っていきました。その状況はあまりにも悲惨なものでした。母親でさえも、手ずから自分の子供を殺して、それを焼いて、それを食べるほどでした(Josephus, Wars, 6.3.4)。しかし、このような無惨な状況のなかにあっても、ユダヤの指導者たちは頑なにもローマに降伏しようとしませんでした。そこで、AD70年の8月が終わろうとしていたころ、ついにローマ軍はエルサレムを襲撃しました。町も神殿も完全に焼き滅ぼされることとなりました。その殺された者の数は百万人以上。また生存者は9万7千人で、捕虜として連れて行かれたり、奴隷に売られたり、円形劇場で野獣の餌になったり、流浪の民として世界中に散らばっていきました。
町はほとんど1ヶ月にわたって燃え続いたと言われています。市内の路地と言う路地には死体の山が築かれました。至るところに血が流れ、その血によって火が消えるほどであったと伝えられています。また、焼け落ちた神殿はその跡地が平坦地になるまで破壊されていきました。その作業はあたかもそこに神殿が立っていたことなどまったく想像できないほどに徹底的なものでした。
では、イエスの言葉を信じていたユダヤ人たちはどうしたのでしょうか。彼らはローマ軍が撤退したのを機に、北の方角の山に向かって逃げました。当時の歴史家であったヨセフスは「多くの立派なユダヤ人は沈没する船を捨てて泳いで逃げる人のように町を放棄した」とそのときの状況を記録しています。彼らはガリラヤ湖の南東にあるPellaという山岳地帯にまで逃げ延びて、そこに居住地を作りました。そして彼らは皆生き残ることができました。イエスの勧告に忠実に従ったからです。
皆さん、マタイ24:15とルカ21:20でイエスがお語りになった預言が、非常に具体的な勧告であったことにお気づきであったと思います。イエスは「預言者ダニエルによって言われた荒らす憎むべき者(軍隊)が、聖なる場所(エルサレム)に立つ(包囲する)のを見たならば(読者よ、悟れ)、そのとき、ユダヤにいる人々は山へ逃げよ」と言われました。非常に明確な勧告です。何の謎解きもありません。明確なだけに、たくさんの人たちが災難から逃げることができたはずです。それだのに、あまりにも多くのユダヤ人はその勧告を信じませんでした。逃げようとしませんでした。むしろ敵と戦うことを選びました。
イエスは伝道のお働きのなかでユダヤ人たちに平和の道を何度も教えて来られました。「敵を愛して、迫害する者のために祈れ」(マタイ5:44)と言われました。上の権威に敬意を表す意味で、「カイザルのものはカイザルに、神のものは神に返しなさい」(マタイ22:21)と言われました。また、善をもって悪に報いるために、「もし、だれかが、あなたをしいて一マイル行かせようとするなら、その人と共に二マイル行きなさい」(マタイ5:41)とも言われました。しかしそれでも、多くのユダヤ人は平和の道を取らずに、むしろ争いの道を選びました。逃げるよりも、争ってでも上の権威に逆らうとしました。その結果、彼らは滅びの道へと突き進んでいきました。
このエルサレムの陥落は現代に対する神の警告でもあります。つまり、エルサレムに下った刑罰は、もう一つの刑罰を予告しているのです。それはこの世の滅亡です。各時代の大争闘からお読みします。
「しかし、エルサレムに下った刑罰に関する救い主の預言は、もう一つの成就を見なければならない。あの恐ろしいエルサレムの滅亡も、そのできごとのほんのかすかな影にしかすぎないのである。すなわち、われわれは選ばれた都の滅亡のなかに、神の憐れみを拒み、神の律法を踏みにじってきた世界の運命を見るのである。この地上で、幾世紀の永きにわたって罪を犯し続けてきた悲惨な人類の歴史は、まことに暗いものである。それを考えるとき、だれしも心痛み、気はなえてしまう。神の権威を拒否する結果は、実に恐ろしいことである。
「しかし、更に暗い光景が未来に関する啓示の中に示されている。すなわち、混乱、争闘、革命、『騒々しい声と血まみれの衣を持った戦士の戦い』(イザヤ書9:5英語訳)といった過去の歴史も、神の霊の抑制力が悪人たちからまったく取り除かれ、人間の欲情とサタンの怒りを止めるものが何もなくなるその日の恐怖と比べるとき、ものの数ではないのである。そのとき、世界はこれまでかつてなかったほどに、サタンの支配の結果を見るのである。」 『各時代の大争闘』上巻25-26
つまり、神の霊の抑制力がなくなれば、悪人はもっと暴れだすのです。サタンはもっと怒り狂うのです。サタンの本性が現れます。エルサレムの惨状よりももっとひどい事件が起こるのです。
であるならば、わたしたちはそのような悪人たちに対してどうして戦えるでしょうか。ユダヤ人がローマ軍にしたように戦ったならば、わが身を滅ぼしてしまうのです。むしろ、主イエスが言われたように逃げなくてはなりません。
イエスは「山に逃げなさい」と言われました。どうして「山」を指定されたのでしょうか。ソドムの町を滅ぼすことが決定されたときに、御使いはロトに向かって、やはり「山に逃れなさい。そうしなければ、あなたは滅びます」と言われました。どうして山でなくてはならないのでしょうか。それは山が平坦地よりもより安全であるからです。山にも災いはありますが、低地に比べるならば、災いが少ないほうです。洪水や地震や津波に関して言えば、山のほうがより安全です。
神戸で地震があった直後、わたしたちの住んでいる場所ではガスと電気がしばらく使えませんでした。お店から食料品が完全になくなりました。電気は数時間して使えるようになりました。でもガスは2週間ほどまったく使えませんでした。ガスが使えないとどうなるかお分かりでしょうか。男性の皆さん。そうです。お風呂を沸かせません。料理もできません。あのころは本当に不便な思いをしました。また病院は水が出なくなりましたので、トイレの清掃に困りました。ところが田舎は別世界のようでした。それぞれ家庭には大きなガスボンベがあります。井戸水を使っている人もいます。ですから、田舎から来ている教会員の方はお風呂に入りにいらっしゃいといろいろな人に声をかけておられました。田舎は交通の便利なところではありませんが、いざ何か災害が起こっても都会ほどの不便さはありません。山を含め田舎に住むことには大きな利点があります。
さて、山に逃げることの霊的な教訓はなんでしょうか。それは高いところに目を向けて、そこに向かって前進するということです。霊的に質の高いところです。もう一歩神に近いところです。そこにはもっと祈りがあり、もっと賛美があり、もっと深いみ言葉の学びがあり、もっと献身があるのです。そんな霊的な高い山を、わたしたちは本当の逃れの場所としなくてはならないのです。
わたしは小さいころ山に囲まれた小さな村で育ちました。そのためか山に登るのが大好きでした。山頂まで登ると、下界がものすごく小さく見えます。車も人間も家もなにもかもが、豆粒のように小さく見えます。どんなにむしゃくしゃしたことがあったても、山に登って下を見下ろせば、今まで悩んでいたがとても小さなことに思えてくるのです。皆さんはそんな気持ちになったことはありませんか。高い次元で、神と霊的な体験を重ねていくならば、この世の思いわずらいが小さく見えてくるのです。
詩篇61:1 神よ、わたしの叫びを聞いてください。わたしの祈に耳を傾けてください。 61:2 わが心のくずおれるとき、わたしは地のはてからあなたに呼ばわります。わたしを導いて/わたしの及びがたいほどの高い岩に/のぼらせてください。
この詩篇を書いたダビデは、心がくじけるときに、高くそびえる岩山に上らせてくださいと祈りました。それは主と交わるためです。主と交わることにすべての問題の解決があることを信じたのです。わたしたちもそうでありたいものです。
聖歌582番
恵みの高き嶺
日々わが目当てに
主イエスは「荒す憎むべき者が、聖なる場所に立つのを見たならば、(読者よ、悟れ)、そのとき、ユダヤにいる人々は山へ逃げよ」と言われました。「屋上にいる者は、家からものを取り出そうと」しないで山に逃げよと言われました。「畑にいる者は、上着を取りにあとへ」戻らずに、そのまま山に逃げよと言われました。疑わずに、躊躇せずに、主の言葉を信じて、自分よりも高いところに逃げよと言われました。それは大きな決断であったと思います。山に逃げた後に自分たちはこれからどうやって生きていけばいいのか分かりませんでした。町に残る人たちがこの後どういった生き方をするのかも分かりませんでした。それでも彼らはイエスの言葉を信じて従いました。そして従った数年後に、自分たちの決断が本当に正しかったことを知るようになりました。
主の言葉を第一にするようにいたしましょう。大きな試練が襲ってきたときに、「恵みの高き嶺」にしっかりと足を踏んで、神との深い交わりをするようにいたしましょう。
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