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全地は主を恐れ マタイ24:36-44、詩篇33:8-11
皆さん、旧約聖書には神の4つの大きな働きが記録されています。それは何でしょうか。 1. 天地創造 2. 洪水 3. 出エジプト 4. バビロンからの帰還 今朝は、この4つのなかでも洪水の話を焦点にあてて、終末時代をわたしたちはどう生きるべきかについてご一緒に考えてみたいと思います。
マタイ24:37 人の子の現れるのも、ちょうどノアの時のようであろう。 24:38 すなわち、洪水の出る前、ノアが箱舟にはいる日まで、人々は食い、飲み、めとり、とつぎなどしていた。 24:39 そして洪水が襲ってきて、いっさいのものをさらって行くまで、彼らは気がつかなかった。人の子の現れるのも、そのようであろう。
イエスはご自身の再臨のことを「ちょうどノアの時のようであろう」(マタイ24:37)と言われました。ノアの時とはノアが生きていたころに襲った大洪水のことを指しています。この時代の人々は洪水がやってくるまで好きなことをしていました。何の抑制もなく、食べたいだけ食べ、飲みたいだけ飲み、好きな人を見つけたら相手がだれであろうと結婚しました。何人結婚してもかまいませんでした。彼らの良心は完全に鈍っていました。そのために洪水が襲ってきたとき、いっさいのものをさらって行くまで、自分の罪の重大性に気づきませんでした。主の再臨もちょうどそのような人たちの時代に起こります。なんの抑制もなく食欲や情欲を満たして、罪に溺れていくのです。イエスはこのような洪水以前の状態に人類が近づいたとき「わたしは再び来る」と言われました。
ではイエスの再臨にたとえられるノアの洪水とはどれほどの大きな規模の災害であったのでしょうか。創世記7:11,12をご覧ください。
創世記7:11 それはノアの六百歳の二月十七日であって、その日に大いなる淵の源は、ことごとく破れ、天の窓が開けて、 7:12 雨は四十日四十夜、地に降り注いだ。
大量の水は下からと上からの両方からやって来ました。地下のほうでは、大いなる深淵がことごとく裂けて、そこから地下水が吹き出ました。一方、空からは大量の雨が40日間も降り続けました。エレン・ホワイトはこの状況を次のように語っています。
「水は、雲のなかから大きな滝のように流れ出た。川は堤を超えて谷間にあふれた。地からはものすごい勢いで水が吹き出して、巨大な岩石を何百フィートも空高く飛ばした。それらは落下して地の中に深くうずまった。」 『人類のあけぼの』上巻97ページ
これは津波やハリケーンよりももっと恐ろしい状況を描写しています。雨が滝のように落ちてきて、地下水が爆弾のように吹き出て、巨大な岩石をも空高く飛ばしてしまうのです。想像を絶するエネルギーがここで放出されたのです。わたしがまだ十代のころでしたが、圧力鍋で黒豆を炊いていました。そのころ母は肝臓の病気で病院に入院していました。強火で豆を煮込んでいましたら、水が吹きこぼれてきました。わたしはそんなことをかまわずに強火でそのままほっておきました。すると、突然ものすごい音を立てて、鍋が爆発しまして、重たいふたが天井に向かって飛んでいきました。台所にはあたり一面黒豆だらけです。もちろん真っ白の天井は黒豆で真っ黒になってしまいました。エネルギーの威力はものすごいものです。しかしノアの洪水の力は圧力鍋の力とはもう比べ物にならないでしょう。エレン・ホワイトはこの描写の後でサタンでさえも身の危険を感じたと述べています(『人類のあけぼの』上巻97ページ)。まるで地上が天地創造前の混沌とした原始の状態に戻ってしまったように思われます。では7章14節をご覧ください。
創世記7:14 またすべての種類の獣も、すべての種類の家畜も、地のすべての種類の這うものも、すべての種類の鳥も、すべての翼あるものも、皆はいった。
ここには空の鳥もノアの箱舟に入ったと書かれています。皆さん、不思議な気がしませんか。鶏が箱舟に入るのなら理解できます。しかし、空を飛ぶ鳥までが箱舟に入りました。通常空の鳥は大きな羽で空を自由に飛びまわります。オンタリオ州一帯が洪水になれば、鳥はケベック州に逃げるでしょう。隣のケベック州一帯も洪水であれば、更にその隣の州に逃げるでしょう。鳥は自由にさせておけば、通常好きなところに飛んでいって生き延びます。ところが神は空の鳥を箱舟の中に入れられました。どうしてでしょうか。この洪水は空を飛ぶ鳥でさえも殺してしまうほどに大きな災害であったからです。では6章13節-16節をご覧ください。
創世記6:13 そこで神はノアに言われた、「わたしは、すべての人を絶やそうと決心した。彼らは地を暴虐で満たしたから、わたしは彼らを地とともに滅ぼそう。 6:14 あなたは、いとすぎの木で箱舟を造り、箱舟の中に部屋を設け、アスファルトでそのうちそとを塗りなさい。 6:15 その造り方は次のとおりである。すなわち箱舟の長さは三百キュビト、幅は五十キュビト、高さは三十キュビトとし、 6:16 箱舟に屋根を造り、上へ一キュビトにそれを仕上げ、また箱舟の戸口をその横に設けて、一階と二階と三階のある箱舟を造りなさい。
1キュビトは大人のひじから手の先までの長さのことで、一般的には18インチ(45センチ)とされています。この18インチのキュビトで計算をしますと、箱舟の長さは450フィート(135メートル)、幅は(75フィート)22.5メートル、高さは45フィート(13.5メートル)になります。長さが450フィートですと、この教会からJackman Avenueの小学校まであるでしょうか。面積では10万1千スクウェアーフィートになります。当時にしてみればかなり大きな船でした。ある学者が言うには、1800年代までこんな大きな船は箱舟以外に造られなかったそうです。それに長さ300キュビト、幅50キュビトの6対1の割合は、造船工学の立場から考えて見ますと、最も安定した比率で、今日の遠乗りをする船はみんなこの比率で造られているそうです。これほどの大きな、しかも安定した大きな船を、どうして神は造るようにノアに命令されたのでしょうか。洪水が全地を覆うほどの大規模なものであったからではないでしょうか。
では洪水の期間は聖書の記録によれば何日間ぐらいだったのでしょうか。二箇所のみ言葉を見て見ましょう。
創世記7:11 それはノアの六百歳の二月十七日であって、その日に大いなる淵の源は、ことごとく破れ、天の窓が開けて、 7:12 雨は四十日四十夜、地に降り注いだ。
洪水が始まったのは、ノアが600歳の2月17日でした。
創世記8:13 六百一歳の一月一日になって、地の上の水はかれた。ノアが箱舟のおおいを取り除いて見ると、土のおもては、かわいていた。 8:14 二月二十七日になって、地は全くかわいた。
地が完全に乾いたのが、ノアが601歳の2月17日でした。つまりこの二つの聖書の箇所から、洪水の期間が丸1年であったことが分かります。非常に長い期間でした。1年間も地上が水で覆われてしまったのです。
このように、この神の裁きの徹底ぶりから、当時の人々がどれほどひどい罪を犯してきたかを想像することができるでしょう。創世記6:5をご覧ください。「主は人の悪が地にはびこり、すべてその心に思いはかることが、いつも悪い事ばかりであるのを見られた。」
世の終わりが近づくにつれて、世界の状態はますますノアの時代のように変わっていきます。罪悪は増し加わります。キリストは重大な問いかけをされました。「人の子が来るとき、地上に信仰が見られるであろうか」(ルカ18:8)。使徒ペトロは次のように警告を与えました。
ペトロ第二3:3 まず次のことを知るべきである。終りの時にあざける者たちが、あざけりながら出てきて、自分の欲情のままに生活し、 3:4 「主の来臨の約束はどうなったのか。先祖たちが眠りについてから、すべてのものは天地創造の初めからそのままであって、変ってはいない」と言うであろう。
ノアの洪水は単なる過去の出来事ではありません。これは更なる裁きが下るための警告でもあります。イエスは言われました。「人の子の現れるのも、ちょうどノアの時のようであろう」(マタイ24:37)。使徒ペトロは人類最後の裁きについて次のように語っています。
ペトロ第二3:5 すなわち、彼らはこのことを認めようとはしない。古い昔に天が存在し、地は神の言によって、水がもとになり、また、水によって成ったのであるが、 3:6 その時の世界は、御言により水でおおわれて滅んでしまった。 3:7 しかし、今の天と地とは、同じ御言によって保存され、不信仰な人々がさばかれ、滅ぼさるべき日に火で焼かれる時まで、そのまま保たれているのである。
神は自然の法則を定められました。それを支配しておられます。しかしご自身の目的を達成するためには、その法則を変更されることもあります。ノアの洪水はまさにそれでした。そしてキリストが再臨されるときにも、同じように天体が揺り動かされるような異変が必ず起こるのです。
そこで皆様には、どうしても覚えていただきたいことが一つあります。それは神を信じることの大切さです。神のご命令に従う信仰をもつことです。ノアは罪人でありましたが、なおも信仰と服従の生涯を送りました。神の命じられたことをそのまま信じて、すべて行いました。箱舟を造りました。終わりの裁きを説教しました。家族と一緒に箱舟に入りました。そして後のことをすべて神に任せました。この信仰によって、ノアの家族は救われて、この家族をとおして人類の歴史がもう一度出発することになりました。
信仰は神に信頼することです。神が愛してくださっていることを信じることです。わたしたちにとって最善なことを神がしてくださることを信じることです。見えるものにより頼むのではありません。理解できるから信じるのでもありません。結果が良くても悪くても神を信頼していくことです。ノアはその信仰を持って裁きに耐えました。神の命令に従いました。
ノアは家族と生き物と共に1年間箱舟の中で生活をしました。天から滝のように降る雨の音を聞きながら、彼はいったい何を考えていたでしょうか。地下から水が爆弾のように吹き出て船が大きく揺れるのを感じた時、彼は何を考えていたでしょうか。人間の叫び声を聞いた時、彼はいったい何を考えていたでしょうか。聖書はそのときの彼の思いについてまったく沈黙しています。しかし多くの人命が失われたことに心が打ち沈んでいたことと思います。そして、改めて信仰をしっかりと持って神に服従することの大切さを感じ取ったことと思います。
創世記11:7 信仰によって、ノアはまだ見ていない事がらについて御告げを受け、恐れかしこみつつ、その家族を救うために箱舟を造り、その信仰によって世の罪をさばき、そして、信仰による義を受け継ぐ者となった。
信仰を持つか持たないかが生死にかかわる問題であります。ノアの箱舟はこのことを教えています。どうか主に信頼し、主に従って、キリストの再臨の備えをしていただきたいと思います。
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