誰が立つことができようか。

 

先回の説教で、巻物の第1の封印から第4の封印までが解かれたときに何が起こったかについてお話しました。白い馬と赤い馬と黒い馬と青白い馬の四頭が次々と現れてきました。白い馬はキリストに従った純潔な教会を表し、赤い馬は迫害された教会を、そして黒い馬はみ言葉の光を失った教会、最後に青白い馬は霊的に死にかけた教会を表します。これは使徒時代の教会からローマ法王が政治的権力を握った教会の歴史を表していますが、それだけではなく、純潔な教会が御言葉の光を失ってしまうならば、教会は死んでしまうことを警告しています。

 

さて、第5の封印が解かれると、ヨハネは今までとはまったく違ったものを見ます。もう馬ではありません。今度は殺された人たちです。彼らは祭壇の下にいました。これは何を象徴しているのでしょうか。祭壇の下は、通常、神にささげられた動物の血が流れていくところです。そこにこの人たちがいるのです。つまり、彼らは神のために良いことをして犠牲になった人たちです。自分の命を神のためにささげて血を流したのです。9節にあるように、彼らは神の御言葉を守って、神の証を立てて殺されました。

 

ただ不思議なことに、彼らは死んでいるのですが、叫び声をあげています。これは象徴的に理解しなくてはなりません。なぜならこの第6章全体は象徴的な言葉で書かれています。第5の封印だけ字義通りにとることはできません。では10節をご覧ください。彼らの叫びを聞いてみましょう。

 

黙示録6:10 彼らは大声で叫んで言った、「聖なる、まことなる主よ。いつまであなたは、さばくことをなさらず、また地に住む者に対して、わたしたちの血の報復をなさらないのですか」。

 

この人たちは速やかな神の裁きを求めています。敵を裁いて正しく罰して欲しいと神にお願いしています。それはこの地上であまりにも不正なことが公然と行われているからです。あまりにも長いこと、悪者が天下を取っているからです。では11節をご覧ください。彼らの叫びに対する神の応えが返ってきます。

 

黙示録6:11 すると、彼らのひとりびとりに白い衣が与えられ、それから、「彼らと同じく殺されようとする僕仲間や兄弟たちの数が満ちるまで、もうしばらくの間、休んでいるように」と言い渡された。

 

この殉教者に白い衣が与えられました。それは救いの衣です。彼らに永遠のいのちが約束されました。しかし、この地上の裁きを見るまで、もうしばらくの間、休んで待つようにと言い渡されました。いつまででしょうか。殉教者の数が満ちるまでです。つまり、これからもしばらく迫害が続いて、犠牲者が出てくるのです。主はその数を数えておられます。そしてその数が満ちた時に、敵に向かって裁きを始めるのです。神のご計画はわたしたち人間には見極めることができないのです。

 

6の封印について調べてみましょう。12-13節をご覧ください。自然界に異変が起こります。まず大地震が起こります。次に太陽が毛織の荒布のように黒くなります。月は全面、血のようになります。ものすごい数の星が落ちていきます。このような現象は18世紀後半から19世紀前半に集中して起きました。しかも、場所は聖書の預言を研究しているヨーロッパや北米においてです。その地方の人々はその預言の重大性を知る知識を持っていました。しかも、発生した順序がこの黙示録に示されたとおりです。

 

まず1755111日午前920分にポルトガルのリスボンを中心に大地震が起こりました。津波による死者8万人を入れると、地震による死者は10万人です。現在の研究者による推定では、マグニチュード9に相当し、地震観測史上もっとも大きな地震の一つでありました。

 

次に1780519日に、北米のNew EnglandCanadaの一部で日中の空が異常にも真っ暗になりました。まずConnecticutの周辺で、朝の10時に南西のほうから暗くなりました。それから北方の州に広がっていきました。正午ごろには完全に暗くなって、それが真夜中までローソクが必要なぐらいでした。それから徐々に星が見えるようになりました。月は血のように赤く見えました。多くの人々はこの奇妙な現象に恐れを感じました。

 

更に18331113日には、北米一帯に流れ星が見えました。The Telescopeと言う雑誌でPeter McMillmanはこのときに1時間に10万から20万の落星があったと記録に残しています。当時のトロントの新聞は次のように述べています。「大気中の現象はかつて見たこともないほどに美しい光を放つ流星であった。目撃者の思いはさまざまである。ある人たちはそれを見て感激し、ある人は悪魔の仕業だと言う。しかし誰もがその光景に驚いた。またある人はそのときの印象を『空が粉々に砕けるようだ』と評価した。」


では14節から17節に書かれている出来事についてはどうでしょうか。これはまだ起こっていません。これからのことです。わたしたちは13節と14節とのあいだの時代に生きています。これから天体は巻物が巻き取られるように消え去って、山と島が動き始めるようになります。地上の王から奴隷まで、あらゆる階級の人たちがその天変異変を見て、恐怖と不安にとらわれて洞穴や山の陰に隠れます。彼らは山と岩に向かって大声を張り上げて祈ります。「さあ、われわれをおおって、御座にいますかたの御顔と小羊の怒りとから、かくまってくれ。御怒りの大いなる日が、すでにきたのだ。だれが、その前に立つことができるだろうか。」皆さんはそのような祈りの組に加わりたいですか。山や岩に向かって祈りたいですか。それともこの大自然を創造された真の神を拝む祈りの会に加わりたいですか。

 

こうしてみると、第5の封印に登場する人たちと第6の封印に登場する人たちとが、とても対照的であることが分かります。第5の封印に出てくる人たちは、神の御言葉を守って、証を立てた人たちです。彼らはそのために殺されます。そして、地上に住む人たちに対して正しい裁きが行われることを神に祈ります。一方、第6の封印に出てくる人たちは、天体に異変が起きたことで洞穴や岩陰に隠れます。これが神の御怒りによるものであることを知っているので、神から逃げようとします。そしてついにその御怒りに耐えられなくなって、山と岩に向かって「わたしたちを助けてくれ」と無意味な祈りをささげるのです。前者は神を信じる人たちで、後者は神から逃げる人たちです。

 

この世の終わりが近づくと、わたしたちはこのどちらの側に立つか選択を迫られるでしょう。そのようなときに、しっかりと神の側に立つことができるように、今から神との信頼を深めていただきたいと思います。

 

皆さん、わたしたちは神に信頼してこそ、一番大変な時にも耐えることができるのです。神との信頼がないところには、霊的な力はありません。一人取り残されるならば、わたしたちはまったく無力な状態であるのです。

 

つい先日、カンボジアで8歳の時に行方不明になった少女が、19年ぶりに発見されて家族のもとに引き取られたニュースの記事を読みました。彼女はジャングルで野性的な生活をしていました。地域の警察の話によると、見たところ半分人間で半分動物です。歩く時は前かがみになり、その姿はまるで猿のようです。もちろん言葉を話しません。お腹がすいた時には腹を押さえます。服を着せても、すぐにそれを脱ぎ捨てます。人間は一人取り残されてしまうならば、人間らしい生き方ができなくなります。それほどに人間は無力であるのです。しっかりと主に頼って生きるようにいたしましょう。

 

第二次世界大戦が終わると、ひとりの若いアメリカ人の女性教師がヨーロッパに行って、小さな男の子たちにクラスを教えることになりました。受け持ったクラスの子供たちの中に、一人際立って賢そうな子がいました。他の子供たちとは明らかに違います。子供同士の喧嘩に入ることしません。授業が終われば、先生のお手伝いを何でもしました。

 

ある日の放課後、先生はその子を呼んでこう言いました。「ジョニー、あなたは他の子供たちと違いますね。あなたのご両親はきっと立派な人でしょう。一度、ご両親に合わせてくれませんか。」すると、少年はうなだれて、応えようとしません。しばらくして涙を流しながらこう言いました。「わたしは先生に両親を紹介することができません。両親は死にました。」

 

これを機に、少年は先生に自分の経験を話し始めました。彼はヨーロッパの小さな国のお城に両親と一緒に住んでいました。お父さんは王子でした。しかし、戦争が始まると、敵が城の中に入ってきて、お父さんとお母さんを捕らえました。そして子供を残して、このふたりを連れて行こうとしました。

 

数歩歩いてから、このお父さんは息子と少し話をさせて欲しいとお願いしました。指揮官は5分与えました。お母さんは息子のところへ走って行って、彼を抱きかかえながら泣きました。その後、お父さんがやって来ました。お父さんは息子の前に来ると、気をつけの姿勢で立って、かかとをカチッと音を立て、敬礼しました。息子も気をつけの姿勢を取って、かかとを鳴らして、敬礼しました。それからお父さんはひざを突いて息子に言いました。「息子よ、この人たちはわたしたちを連れて行って、殺そうとしている。しかし、子供には興味はない。だから力の限り逃げなさい。ただ一つだけお願いしたいことがある。絶対に自分が王子の子であることを忘れないように。王子の子らしくいつも行動しなさい。」

 

両親は息子と別れて、道を歩いていきました。少年は兵隊が銃を手にするのを見ると、銃声が聞こえてきました。そしてお父さんとお母さんが地面に倒れました。少年は走って逃げました。何日もあちこちをさまよっているうちに、幸いにも自分を世話してくれる親切な家族を見つけることができました。そして、どんな時にも、父親から言われたことを忘れることはありませんでした。

 

少年はこの話を先生にした後、締めくくりにこう言いました。「先生、どうしてわたしが他の子供たちと違うかお分かりになりましたか。わたしのお父さんは王子でした。わたしは決してお父さんの名誉を傷つけることはできません。」

 

皆さん、わたしたちの真のお父さんは、天の神であられます。地上の王ではなく、天地万物を創造されて、それを支配しておられる王の王でいらっしゃいます。そしてわたしたちはその息子であり、娘であるのです。そのことを誇りに思って、神の子としてのふさわしい生き方をしようではありませんか。

 

5の封印が解かれた時に登場した殉教者のように、最後まで神の言葉を守り、神を証する生涯を全うしましょう。第6の封印が解かれる時に、天が巻物のように巻かれて消えていって、すべての山と島がその場から移されていっても、神の御前にしっかりと立つようにいたしましょう。

 

「神の御怒りの大いなる日に、誰が、その前に立つことができるだろうか。」そう叫び声を聞いた時、わたしたちこそがその場に立つことができるようにいたしましょう。